千葉商科大学は、実社会に資する「実学」を礎に、高い倫理観と大局的視座を備えた「治道家」の育成を建学の理念としてきた。本企画では、その理念を胸に刻み、実業の現場において社会と真摯に向き合ってきた卒業生の軌跡を紹介する。学びはいかに仕事と結びつき、一人ひとりの道を拓いてきたのか。1982(昭57)年に同大学を卒業し、神奈川県・箱根の富士屋ホテル株式会社で改革の嵐を起こし続け、創業150年とその先の未来を展望する安藤昭社長に話を伺った。
自身の半生を語る安藤昭社長
大学時代、卒業後の起業を目指すも、縁あって老舗ホテルに入社。社内最速で昇進を繰り返し、斬新な改革を断行してきた安藤昭社長(66)は現在、母校の「CUC経営者会議」会長を務め、学生たちを支援している。ホテル一筋44年、「2030年には名実ともに日本一のリゾートホテルになる」ことを目指す、その思いの核心に迫る。
予期せずホテルマンに
神奈川県松田町に生まれ、大学在学中から起業を考えていたという。「商大のOBが営む麻雀店に通ううち、店を任され、パートさんを使って接客の仕事をしていた」。卒業後は保険代理店を始めるつもりだったが、両親は強く反対。1982(昭57)年に卒業すると、知人の紹介で国際興業グループの富士屋ホテル(神奈川県)に就職した。しかし「正直、1週間で辞めようと思った」と打ち明ける。ホテルは年中無休、土日はもちろん年末年始やお盆休みは、かき入れ時で、勤務時間や拘束時間も長い。カレンダー通り休めると思っていた安藤さんは面食らった。だが「仕事の中身にも、お客さまと接することにも、すぐになじめた。だからその後、辞めたいと思ったことは一度もなかった」と笑う。
予約業務で名をはせる
レストラン勤務の若かりし頃(右)
1878(明11)年創業の老舗ホテルで、安藤さんはたちまち出世を遂げていく。「最初の3年はレストラン勤務。もともと西洋式ホテルだから、全メニューがフランス語か英語。普通1カ月かかるところを1週間で覚えた」と胸を張る。特別、語学が堪能だったわけではない。「必要だと思ったから集中して覚えただけ」と涼しい顔だ。
その後、ホテルのフロント業務へ異動し、予約業務の担当に。「富士屋ホテルグループ全体に〝安藤ここにあり〟と名をとどろかせた頃」と懐かしむ。3年かけて売上年20億円を目指す「チャレンジ20」という目標を、2年で達成してしまったのだ。グループ内で湯本富士屋ホテルだけが、毎月売上が20~30パーセントアップし続け、各事業所で管理職や役員がざわつく。「社内でも一目置かれる存在」という声が、本人の耳にも入ってくる。「人に認められるのは何物にも代えがたい喜びで、モチベーションもあがった」。
仕組み変え業界が騒然
ホテル創業当時の宿帳。1800年代から続く
客室の稼働率と単価を上げ、どう利益を最大化するか。団体客なら人数減、急なキャンセルもある。型通りに業務をこなす先輩たちをよそに、オーバーブッキングでもウエイティング枠や第1優先、第2優先を作って、空いたらすぐに連絡。そんなこまめな工夫を重ね、確実に客室を埋めていった。「ホテルの予約は、証券会社のトレーダーのような仕事。取り組みが、すぐに数字に表れるのが楽しくて、やりがいになった」と瞳を輝かせる。
さらに、ブライダル部門を手がけた手腕が「富士屋ホテルの軌跡」として書籍化。年に70~80組だった結婚式が、ピークは540組まで伸びた。全国のブライダル業界が大騒ぎになったが、特別なことはしていない。ブライダル会場を新設、増設、リニューアルし、多くのカップルの受け入れ体制を整えるなど、全てを一つ一つ見直した結果だった。
書籍化された富士屋ホテルの軌跡「結婚伝説」
組織変革繰り返し44年
「その時、その場で必要だと感じたことを改善、改革することが好き」という言葉通り、2014(平26)年、岩手県・花巻温泉の社長に就任すると、業績不振のホテルと旅館を見事に立て直す。10年後、再び富士屋ホテルに戻ると、社内組織を全て見直した。インバウンド事業課の新設や、新人事制度の導入など時代に合った会社にすべく、経営の見える化や組織変更に着手した。
7年前には、花巻東高校野球部で知られる「マンダラ式チャート」を導入。「全部署、全従業員が中央に目標を記入し、そのために必要な81の升目を埋めていく。私も社長として中央に『2030年に名実ともに日本一のリゾートホテルになる』と書き、開示した」。展望の見える化を次々に果たし、気づけば入社して44年の月日が流れた。
能力生かす行動力が鍵
独特なデザインで箱根のシンボルといわれる花御殿を望む
現在は、商大OB会員100人超の経営者で構成されるCUC経営者会議の会長を務める。「今の学生は簿記や税理士、会計士資格の取得に力を入れ、本当によく学んでいるから、現場に出てから力になる」と太鼓判を押す。そして「世界に広く目を向け、小さい殻に収まらず挑戦すること。失敗したらやり直せばいい」と、後輩たちにエールを送った。
2年後の2028年、創業150年の節目に向けたプロジェクトチームも動き始め、社長として次に続く人を育てる重責を強く感じている。「ホテル業は、最後はやっぱり〝人〟。経営的な部分で物、金、情報をもう一度見直し、従業員が誇れる会社にしていきたい」。それら全ては、その先に向けての通過点でしかないのだ。「何かを変えられる能力があっても、行動力がないと存在意義がない。決められたレールに乗るのは誰でもできるが、時代は変わる。その動きに、いち早く手を打ち、先回りしなければ」と明言した。
29歳で係長、45歳で取締役、47歳で総支配人、50歳で社長に。富士屋ホテルグループ内で最年少昇進記録をいくつも打ち立てた安藤社長
安藤 昭
1982(昭和57)年3月卒業
あんどう あきら 1959(昭34)年9月、神奈川県に生まれる。千葉商科大学卒業後、1982(昭57)年、富士屋ホテル入社。1990(平2)年、アメリカ・ハワイ州のシェラトンホテルズ出向。2005(平17)年、富士屋ホテル取締役。2007(平19)年、同ホテル総支配人。2010(平22)年、同ホテル社長。2014(平26)年、花巻温泉社長。2024(令6)年6月、富士屋ホテル社長。
富士屋ホテル株式会社
●創 業 1878(明11)年
●事業内容 ホテル・レストラン・ゴルフ場・ミュージアムの経営
●事業所 神奈川県足柄下郡箱根町宮ノ下359