母が死んだころだから20年以上も前、茂原市の生家の庭掃除に行った際、昼食には一宮町の旅館「一宮館」をしばしば利用した。そこに芥川龍之介の文学碑とかやぶき屋根のしょうしゃな「芥川荘」があった。
「文ちゃん。/僕はまだこの海岸で本を読んだり原稿を書いたりして暮らしてゐます。(略)僕には文ちゃん自身の口からかざり気のない返事を聞きたいと思ってゐます。繰り返して書きますが理由は一つしかありません。僕は文ちゃんが好きです。それでよければ来てください。(略)」
この文は大正5(1916)年の夏、龍之介が避暑先の一宮...
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