15歳でママになったののさんと息子さん(Instagram/@nonotaaan16より)
14歳での妊娠発覚、15歳で出産したののさん(現在は36歳)。Instagramに「ひとり息子の成人式、大きな節目なので記録に」と投稿した動画が15.4万回再生され、「素敵親子」「なんだこの親子、最高じゃん」「14歳からお子さんを育て上げて、本当に凄いしご立派」「イケメンの息子さんですね」などと話題になった。若くしての妊娠出産、結婚、夫のDVに悩み離婚と、壮絶な人生を歩んできた。それでも明るく前を向き、必死に生きてきたののさんに、当時を振り返り、お子さんとの歩みについて聞いた。
【別カット】20歳になったイケメンの息子さん! ののさんの純白ドレス姿も
◆14歳での妊娠発覚、わかった時から「『産む』の一択でした」
――ひとり息子の成人式が大きな話題になりました。息子さん(現在は21歳)が成人して、どのように感じましたか?
「大変なことがたくさんあったので20年という年月は長かったはずなのに、過ぎてみたら本当にあっという間で、嬉しい気持ちと寂しい気持ちとで複雑でした」
――ののさんにとって、息子さんはどのような存在ですか?
「息子の存在は、大切なひとり息子であり、姉弟のような友達のような存在でもあり、二人三脚で一緒に成長してきた相棒です」
――実際に14歳で母になる決断をされるまでに、どのような経緯がありましたか? 妊娠発覚時のエピソードを教えてください。
「つわりが来るのが早く、先につわりが来て検査をしました。心当たりはあったので、陽性結果を見たときはやっぱり…という感じでした。迷ったり、どうしようと思うことは全くなく、妊娠がわかった時から『産む』の一択でした」
――当時、お相手の状況や反応はいかがでしたか?
「相手に妊娠を伝えると『おろしてほしい』と言われました。しかし、私の気持ちは揺らぐことはなく『一緒にならなくてもいいから、ひとりで産んで育てます』と伝えました。その結果、一緒になって一緒に子どもを育てていくということになりました」
――妊娠が発覚した当時、ののさんは率直にどう思われましたか?
「動揺が全くなかったので、これからしなければいけないことを考えてリストに書き出していました。若くしての妊娠だったので、当時住んでいた町の福祉課にひとり呼ばれ、若くて出産するリスクなどの説明も受けました。なので、赤ちゃんが元気に育って生まれてきてくれるか…心配はありました」
◆夫のDVに悩み17歳で離婚「自分の手でこの子を守っていかなければいけない」
――ご両親やご友人の反応はいかがでしたか?
「私の両親は最初はもちろん賛成はしませんでしたが、1度決めたら絶対に揺るがない私の頑固な性格をわかっていたので、『自分で産むと決めたなら頑張りなさい』と最終的には背中を押してくれました。友人はみんなびっくりしていましたが、それ以上にとても喜んでくれて、『おめでとう!!』とお祝いの言葉をもらいました」
――お腹が大きくなるにつれて、不安などはなかったのでしょうか?
「不安はあったのかもしれないのですが、毎日必死すぎてあまり不安だった記憶がなく…。お腹を隠して働かなければいけない、生活をやり繰りしていかなければいけない、そのことで頭がいっぱいになり、必死で不安に感じる時間があまりなかったのかもしれないです」
――高校進学など、ご自身の学業についてはどうでしたか?
「小学生の時から転入校を繰り返していたことと、中学1年の時にいじめに遭ったことで、中学生になってから学校を休みがちになりました。中学3年の時は、ほぼ学校に行っていない状態でした。そして、また別の学校へ転校になったことで、卒業式も出ずそのまま中学卒業となりました。なので、最初から高校進学の予定はなく卒業して働くの一択でした」
――息子さんが生まれた当時、ご自身の心境に変化はありましたか?
「自分の手でこの子を守っていかなければいけないと、改めて強く感じました。『母は強し』といいますが、本当にその通りだと思います」
――16歳で入籍、その後離婚を経験されているとのことですが、その時のエピソードを教えていただけますか?
「14歳で妊娠、15歳で出産しました。16歳になって籍が入れられる年齢になってから入籍しました。その時から夫婦関係は全くうまくいってなかったのですが、子どもの苗字が違うのは…という理由だけで入籍しました。婚姻届も母と市役所に持っていきました」
――離婚を決意された決定的な理由はなんだったのでしょうか?
「妊娠した時から酷いDVを受け続けていたので、最終的にDVが原因で17歳になる前に離婚しました。子どもが産まれたら変わってくれると思い我慢していましたが、変わることはなく、子どもを守るためにも離婚した方がいいと思っての決断でした」
◆どん底を経験して今思う、「前を向いて頑張っていればなるようになる」
――10代で息子さんを育てていくなかで、大変だったことやつらかったことはありましたか?
「バスも電車もほとんどない田舎町だったので、車の免許を取るまでは、とにかく子どもを連れての移動が大変でした。タクシーを使う余裕はなかったので、両親に送ってもらったり、それが無理なときはどんな所でもベビーカーを押して歩いて移動をしていました(笑)」
――日々の生活や、周囲の協力体制はどのような形でしたか?
「生活のために仕事ばかりの日々だったので、息子には寂しい思いをさせてしまったと思うこともあります。両親も若く、私自身5人兄弟だったこともあり、家族からたくさんの助けがあったおかげで息子を元気にすくすく育てられたと思います」
――現在はインフルエンサーとして活動されていますね。
「もともとネイリストと接客業をしていたので、その合間にインフルエンサー業をしています。私のような経験をしている人や、今とても大変で前が見えなくなってしまっている人に、『大丈夫だよ!』と伝えたい、伝わったらいいなという気持ちです」
――その活動が結実し、『Mrs関西コレクション2022』ではインフルエンサー部門初代日本グランプリを獲得されました。当時の心境を教えてください。
「本当のどん底を経験して、『もう死にたい』と思ったことも何度もありました。そんな私があんなに素敵な賞をいただいて、当時の私からしたら絶対に考えられない奇跡でした。当時の私に、『大丈夫だよ、前を向いて頑張っていればなるようになるよ』と伝えてあげたいです(笑)」
――若くしてママとなったことを、いま振り返ってどう感じていますか?
「“若い”というだけで白い目で見られたり、辛い経験をすることも多々ありました。そのぶん本当に強くなることができました。もともと引っ込み思案だった性格の私が、コンテストに出たり、インフルエンサーとしてお仕事できるまでになったのも、若くしてママになっていろんな経験をしたおかげだと思っています」
◆決して間違っていなかった…「頼りがいある優しい子どもに育ってくれました」
――年齢を重ねたからこそ、気づいた視点などはありますか?
「当時、『そんな歳で子どもを産むなんて、子どもが子どもを産むようなものだ!』と言われて、とても嫌な気持ちになったのですが、今の年齢になり14、15歳の子を見ると、子どもだなって思います(笑)。それは心配されるよなあ、そう言われても仕方なかったよなあ、と今は思います」
――お子さんと生活する中で、大切にしていることを教えてください。
「本当にずっと働き詰めだったので、息子と一緒にいる時間や休日一緒に出掛ける時間を大切にするよう心掛けていました。今は息子が船の仕事をしており、2~3ヵ月家を空け、休暇で1ヵ月帰ってくるという生活です。休暇の1ヵ月間は、ご飯を食べに行ったり一緒に飲みに行ったり、家族みんなで集まったり、大きくなった今でも一緒にいれる時間を大切にしています」
――息子さんとの生活を通して、今改めて感じる想いを聞かせてください。
「大きくなり頼りがいある優しい子どもに育ってくれました。大変だったし、寂しい思いもさせてしまった。ですが、あのとき産むと決めたことや頑張ってきたことは、決して間違っていなかったし、無駄じゃなかったと思います」"
【別カット】20歳になったイケメンの息子さん! ののさんの純白ドレス姿も
◆14歳での妊娠発覚、わかった時から「『産む』の一択でした」
――ひとり息子の成人式が大きな話題になりました。息子さん(現在は21歳)が成人して、どのように感じましたか?
「大変なことがたくさんあったので20年という年月は長かったはずなのに、過ぎてみたら本当にあっという間で、嬉しい気持ちと寂しい気持ちとで複雑でした」
――ののさんにとって、息子さんはどのような存在ですか?
「息子の存在は、大切なひとり息子であり、姉弟のような友達のような存在でもあり、二人三脚で一緒に成長してきた相棒です」
――実際に14歳で母になる決断をされるまでに、どのような経緯がありましたか? 妊娠発覚時のエピソードを教えてください。
「つわりが来るのが早く、先につわりが来て検査をしました。心当たりはあったので、陽性結果を見たときはやっぱり…という感じでした。迷ったり、どうしようと思うことは全くなく、妊娠がわかった時から『産む』の一択でした」
――当時、お相手の状況や反応はいかがでしたか?
「相手に妊娠を伝えると『おろしてほしい』と言われました。しかし、私の気持ちは揺らぐことはなく『一緒にならなくてもいいから、ひとりで産んで育てます』と伝えました。その結果、一緒になって一緒に子どもを育てていくということになりました」
――妊娠が発覚した当時、ののさんは率直にどう思われましたか?
「動揺が全くなかったので、これからしなければいけないことを考えてリストに書き出していました。若くしての妊娠だったので、当時住んでいた町の福祉課にひとり呼ばれ、若くて出産するリスクなどの説明も受けました。なので、赤ちゃんが元気に育って生まれてきてくれるか…心配はありました」
◆夫のDVに悩み17歳で離婚「自分の手でこの子を守っていかなければいけない」
――ご両親やご友人の反応はいかがでしたか?
「私の両親は最初はもちろん賛成はしませんでしたが、1度決めたら絶対に揺るがない私の頑固な性格をわかっていたので、『自分で産むと決めたなら頑張りなさい』と最終的には背中を押してくれました。友人はみんなびっくりしていましたが、それ以上にとても喜んでくれて、『おめでとう!!』とお祝いの言葉をもらいました」
――お腹が大きくなるにつれて、不安などはなかったのでしょうか?
「不安はあったのかもしれないのですが、毎日必死すぎてあまり不安だった記憶がなく…。お腹を隠して働かなければいけない、生活をやり繰りしていかなければいけない、そのことで頭がいっぱいになり、必死で不安に感じる時間があまりなかったのかもしれないです」
――高校進学など、ご自身の学業についてはどうでしたか?
「小学生の時から転入校を繰り返していたことと、中学1年の時にいじめに遭ったことで、中学生になってから学校を休みがちになりました。中学3年の時は、ほぼ学校に行っていない状態でした。そして、また別の学校へ転校になったことで、卒業式も出ずそのまま中学卒業となりました。なので、最初から高校進学の予定はなく卒業して働くの一択でした」
――息子さんが生まれた当時、ご自身の心境に変化はありましたか?
「自分の手でこの子を守っていかなければいけないと、改めて強く感じました。『母は強し』といいますが、本当にその通りだと思います」
――16歳で入籍、その後離婚を経験されているとのことですが、その時のエピソードを教えていただけますか?
「14歳で妊娠、15歳で出産しました。16歳になって籍が入れられる年齢になってから入籍しました。その時から夫婦関係は全くうまくいってなかったのですが、子どもの苗字が違うのは…という理由だけで入籍しました。婚姻届も母と市役所に持っていきました」
――離婚を決意された決定的な理由はなんだったのでしょうか?
「妊娠した時から酷いDVを受け続けていたので、最終的にDVが原因で17歳になる前に離婚しました。子どもが産まれたら変わってくれると思い我慢していましたが、変わることはなく、子どもを守るためにも離婚した方がいいと思っての決断でした」
◆どん底を経験して今思う、「前を向いて頑張っていればなるようになる」
――10代で息子さんを育てていくなかで、大変だったことやつらかったことはありましたか?
「バスも電車もほとんどない田舎町だったので、車の免許を取るまでは、とにかく子どもを連れての移動が大変でした。タクシーを使う余裕はなかったので、両親に送ってもらったり、それが無理なときはどんな所でもベビーカーを押して歩いて移動をしていました(笑)」
――日々の生活や、周囲の協力体制はどのような形でしたか?
「生活のために仕事ばかりの日々だったので、息子には寂しい思いをさせてしまったと思うこともあります。両親も若く、私自身5人兄弟だったこともあり、家族からたくさんの助けがあったおかげで息子を元気にすくすく育てられたと思います」
――現在はインフルエンサーとして活動されていますね。
「もともとネイリストと接客業をしていたので、その合間にインフルエンサー業をしています。私のような経験をしている人や、今とても大変で前が見えなくなってしまっている人に、『大丈夫だよ!』と伝えたい、伝わったらいいなという気持ちです」
――その活動が結実し、『Mrs関西コレクション2022』ではインフルエンサー部門初代日本グランプリを獲得されました。当時の心境を教えてください。
「本当のどん底を経験して、『もう死にたい』と思ったことも何度もありました。そんな私があんなに素敵な賞をいただいて、当時の私からしたら絶対に考えられない奇跡でした。当時の私に、『大丈夫だよ、前を向いて頑張っていればなるようになるよ』と伝えてあげたいです(笑)」
――若くしてママとなったことを、いま振り返ってどう感じていますか?
「“若い”というだけで白い目で見られたり、辛い経験をすることも多々ありました。そのぶん本当に強くなることができました。もともと引っ込み思案だった性格の私が、コンテストに出たり、インフルエンサーとしてお仕事できるまでになったのも、若くしてママになっていろんな経験をしたおかげだと思っています」
◆決して間違っていなかった…「頼りがいある優しい子どもに育ってくれました」
――年齢を重ねたからこそ、気づいた視点などはありますか?
「当時、『そんな歳で子どもを産むなんて、子どもが子どもを産むようなものだ!』と言われて、とても嫌な気持ちになったのですが、今の年齢になり14、15歳の子を見ると、子どもだなって思います(笑)。それは心配されるよなあ、そう言われても仕方なかったよなあ、と今は思います」
――お子さんと生活する中で、大切にしていることを教えてください。
「本当にずっと働き詰めだったので、息子と一緒にいる時間や休日一緒に出掛ける時間を大切にするよう心掛けていました。今は息子が船の仕事をしており、2~3ヵ月家を空け、休暇で1ヵ月帰ってくるという生活です。休暇の1ヵ月間は、ご飯を食べに行ったり一緒に飲みに行ったり、家族みんなで集まったり、大きくなった今でも一緒にいれる時間を大切にしています」
――息子さんとの生活を通して、今改めて感じる想いを聞かせてください。
「大きくなり頼りがいある優しい子どもに育ってくれました。大変だったし、寂しい思いもさせてしまった。ですが、あのとき産むと決めたことや頑張ってきたことは、決して間違っていなかったし、無駄じゃなかったと思います」"