銚子がしょうゆの町といわれるほどしょうゆ醸造業が発展したのは、しょうゆが発酵しやすい温暖で湿潤な地理的条件の他に、崎山治郎右衛門の外川港の開港や江戸の人口増加と相まって、徳川家康による利根川改修で物流拠点としての重要性が高まったことが背景にあったと思われます。
外川港の開港で紀州漁民が増加し、故郷の湯浅醤油の味を銚子で味わいたいという声が醸造業への進出を促進させたのではないかとみましたが、どうでしょうか。
正保2(1645)年、浜口儀兵衛の祖は紀州広村より現在の銚子市新生町でしょうゆ醸造を始め、やや遅れて岩崎重次郎の祖も銚子に移住して製しょうの業に従事しました。他に9醸造家などがあ...
この記事は
有料記事です
残り820文字(全文1115文字)








