「八日市場」の名称は毎月八日に市(いち)が開かれていたことが由来です。江戸時代には江戸と銚子を結ぶ街道の宿場町で、木綿の大生産地でもありました。明治時代に入っても東総地区の経済や金融の中心地として栄え、現在もその名残が街並みに残っています。
駅を出て北に向かい、国道126号線の先に見徳寺があります。創建時期は不明ですが、江戸時代中期には成田山新勝寺とのつながりが強く、1702年に本尊不動明王の出開帳(出張の御開帳)をしました。境内の地蔵菩薩坐像は1720年に完成したものです。
そのすぐ西が八重垣神社です。平安時代初めの812年に物部匝瑳足継(...
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